第1回 東京大学クイズ研究会(TQC) 前編
多かれ少なかれ「頭を使って」働くことが求められる現代の知識社会においては、頭脳の強さが人生に大きな影響を与える。だから私たちは、頭脳を鍛えたい、優れた記憶力や思考力を持ちたいと願うが、「これをすればだれでも必ず頭が良くなる。必ず記憶力が良くなる」といった方法は、未だに確立されていない。
一方、テレビ番組などで見られるクイズの達人たちは、森羅万象についてほとんど知らぬことのない生き字引のようであり、また、瞬時にその知識を引き出す姿はスプリンターのようでもある。
まさに「知のアスリート」と呼ぶべき彼、彼女たちは、なぜあれほどまでに膨大な知識を保持し、アップデートし、そしてそれを瞬時に引き出すことができるのだろうか。いったい、その脳は、私たち凡人のそれとどこが違うのか?
それを探れば、私たちの知的活動の向上にも資する部分があるのではないかという仮説のもと、一流大学のクイズ研究会で日々活動する現役学生を取材し、彼らの頭脳と知識の秘密に迫ることが、この「ストロング・ブレイン」の主旨である。
予想イメージを裏切るキャラクターの伊沢さん
「東京大学クイズ研究会」の会員と聞いて、皆さんはどのような人物像を思い浮かべるだろうか?
厳しい受験戦争を勝ち抜いてアカデミズムの国内最高峰である東大に入学し、そこでもさらに知識の集積を競うクイズ研究会に入る。そういう人物に対して、ステレオタイプなイメージを抱きがちであることは否めない。
しかし、待ち合わせの東大駒場前駅に現れた伊沢さんに、私が事前に抱いていたイメージは裏切られた。
「はじめまして。今日はよろしくお願いします」
やや長めの髪をかきわけながら、笑顔で明るく挨拶する伊沢さん(4年生)。趣味はギターで、大学の4年間は、ほとんど音楽活動に費やしてきたという。たしかに「ミュージシャン」という呼び方がぴったりの洒落た雰囲気を醸している。
しかし、会話を重ねるにつれ、こちらの質問の意図を瞬時につかみ、打てば響くごとき受け答えをするリズムや、適切な比喩を交えながら語る言葉に、たしかに高度な知性を感じた。
取材は、クイズ研究会が普段も活動を行っているサークル棟の一室で行われた。他の会員たちが、早押し機を使いながらクイズの回答をしている横で、伊沢さんの他、鈴木さん(4年生)、兼村さん(1年生)の計3名が話を聞かせてくれた。
クイズをはじめたきっかけ
伊沢さんは開成中学・高校(中高一貫校)を経て、東京大学経済学部に入学した。クイズに興味を持ち始めたのは、中学1年生のときから。
もともとは、フットサルが好きなスポーツ少年だった。しかし、当時のフットサル部には中学生の部員がおらず、仕方なく他の部活を物色している中で、たまたまクイズ研究会の体験会に参加したことがきっかけだったという。その時に他の生徒よりよい成績を出せたことから楽しく思い、クイズ研究部の活動に力を入れるようになった。
そして、伊沢さんがあこがれていたクイズに強い先輩が高校2年生になって引退すると、弱冠中学2年生だった伊沢さんがクイズ研究部を中心的に引っ張っていくことになる。その後は、他の学校との交流やテレビ番組の『全国高等学校クイズ選手権(以下、高校生クイズ)』への参加など、積極的な活動により、当初は6~7人だった部員は、伊沢さんが高校2年生で部活を引退するころには50人を超すまでになった。
「まさに、クイズに捧げた中高生活でした。そこまでのめり込んでいたので、大学に進んでからもクイズをやめることは考えられませんでした。大学でのサークル活動は、もうひとつの趣味である音楽の方を主軸にしましたが、クイズはずっと続けています」
鈴木さんは、北海道出身。地元の公立中学校の3年生だったときに、テレビ番組の『高校生クイズ』に出ていた強い高校生プレイヤーを見て、その姿にあこがれた。また、自分でも答えられる問題がいくつかあったことから、ここなら自分も活躍できるかもしれないと思い、クイズの世界を目指す。
進学した札幌南高校にはクイズ部はなかったため、クイズ好きな友だちと一緒に、自主的にクイズ活動をしていた。その活動は『高校生クイズ』で勝つことを目的とした対策という面が強く、そこに出そうな問題を主に勉強していた。そのかいあって、高校2年のときは同選手権ベスト4進出、3年のときにはベスト8進出という成果を残している。
ちなみに、ベスト4に進出したときの優勝校は伊沢さん率いる開成高校だったそうで、それ以来の因縁が続いている。
中学生のときにテレビで『高校生クイズ』を観て、クイズに興味を持ったという点では、兼村さんも鈴木さんとまったく同じである。兼村さんが観たときには、地元千葉県の県立船橋高校のクイズ研究部が活躍していた。それで、同校に進学。2年生と3年生のときに、県大会で決勝まで進んだ。
兼村さんは、高校生の頃から各地の草クイズ大会※注に参加しており、そこで知り合った東大クイズ研のメンバーに実力を認められ、入会を誘われていたため、一浪して東大に入学。晴れてこの4月からクイズ研で活動している。
※注:「草クイズ大会」とは、テレビ番組などではなく、一部のクイズファンが開催する大会のことである
クイズの魅力とは
3人はそれぞれ、思春期の早くからクイズにのめり込み、飽くことなくいまも熱中している。いったい、クイズのどこにそれほどの魅力があるのだろうか?
まず、共通して語られたのは「競技」としてのクイズの魅力である。
「たとえば、早押しクイズだと、ボタンを押せば必ず注目されます。その中で、自分が持っている知識をアピールできるのが大きな魅力です。解答ボタンを押した瞬間、脳内の快楽物質が放出される感じで、とても気持ちいい。もちろん、間違えることは怖いですが、ボタンを押して、瞬間的に問題分を反芻して、解答する、それを瞬時にこなすプロセス自体が非常に快感です」(鈴木さん)
「知識での“殴り合い”の面白さは、確かにあります。試合でのライバルとの競い合い、同点で並んでいるときの駆け引きなど、ちょっと他では味わえない興奮がありますね。ぼくは、気恥ずかしいので『クイズはスポーツ』みたいな言い方は普段はしませんけれども、人と競う面白さはスポーツと呼んでもよい面があると思います」(伊沢さん)
兼村さんは、女性ならではの視点から、競技としてのクイズの特性について、このように語る。
「体力が関係なく、性別も関係なく、だれでも平等にチャンスが与えられるところが、クイズの良さだと思います。また、クイズを通じて幅広いことを知ることができるので、そこもいいですね」(兼村さん)
「丸暗記」は役に立つのか?
この「クイズを通じて、幅広いことを知ることができる」という兼村さんの言葉は、興味深い。
幅広い知識を持っているからクイズで勝てる、というのであれば、そのとき、クイズは目的である。しかし、「クイズを通じて、幅広いことを知ることができる」と考えるとき、クイズは手段であり、幅広い知識が目的となっている。
クイズ競技者にとって、知識とはクイズ(に勝つ)という目的を達成するための手段なのだろうか。それとも、知識を幅広く集めることそれ自体が目的となるのだろうか?
伊沢さんは、「試合で人に勝ちたいという動機で、そのためにがんばって知識を身につける面はある」という。そのため、試験勉強で単語帳を暗記するように、丸暗記で覚えたり、たとえば年表なら語呂合わせなども使ったりしながら、ひたすら反復して覚える泥臭いようなやり方をしている。この「反復練習」という点については、鈴木さんもまったく同意見だった。
さらに、出場する大会に応じて過去の出題の傾向を調べておくことも欠かさないという。
「大学受験の時には、志望校の過去問を調べて何度も解くと思いますが、それと同じようなやり方です」(鈴木さん)
結局、知識を定着させるためには、泥臭いような反復練習が王道、ということなのだ。
巷間、学校教育に関して「知識偏重」「記憶偏重」といった批判が語られるのをよく見聞きする。曰く、もっと思考力や応用力を重視しなければならない。「知識のための知識、暗記のための暗記」では役に立たない、等々……。しかし伊沢さんは、「暗記のための暗記」をまったく否定的にとらえていない。それどころか、経験上、それは2つの点で大いに役立つというのだ。
1点目として伊沢さんは、「ものごとを深く理解するためには、多くの知識が欠かせない」ということを挙げ、このように説明する。
(注:2点目は後編にて詳述)
「ものごとを掘り下げて深く理解することとは、言い換えると対象をさまざまな角度から多面的に見て、いろいろな把握の仕方でとらえることだと思います。その『面を見る』『把握する』ために使うのが、知識なのです。多面的に見るためには、多くの知識がなければなりません。そして、そもそも知識として『ない』ものは使うこともできないのですから、まず知識があることが大切だと思います。語呂合わせによる暗記みたいなことによって得られる知識でも、他の知識とつながっていくことで、複雑なモノゴトを理解するために役立つのです」(伊沢さん)
例えば、あるモノゴトを見て「これはAのように見えるが、Bを介して見ればCだとも言える」というように考えるとき、BやCという知識がなければ、それはAとしか見えない、ということであろう。知識の量が、そのまま理解の量と比例するわけではないだろうが、多くの知識を持つことで、複雑な事象に対する理解がより深まる、というのは、確かに正しいように思える。
知識同士が関連づけられることで、強固に定着する
しかしそうは言っても、ただ反復練習するだけで、そんなに知識の量を増やしていくことはできるのだろうかという疑問が生じる。
「知識は他の知識とつながっていくことで、より強く定着します。ですから、知識が増えてそれをつなげて使えば使うほど、さらに知識が増えやすくなるのです。
あるものごとを理解することで、そこから逆に『これはこういう意味だったのか』あるいは『これとこれはこんなつながりがあったのか』という具合に気づくこともあります。すると、それまで関連なかった知識同士が関連づけられて、より強固な知識となるわけです」(伊沢さん)
鈴木さんも、クイズの問題に即して、あるジャンルと別のジャンルに意外なつながりが見つかると、深く納得できるので、忘れられないという。そしてひとつの例を出してくれた。
「宝塚歌劇団の組長である寿つかさの実家の職業はなんでしょう?」
(鈴木さん作のクイズ)
この正解は「寿司屋」なのだが、これは単純に有名人の実家の商売を知っているかいないか、という単一の知識が問われているのではない。寿つかさの「つかさ」が「司」という漢字で表記できるということを知っていれば、そこから「寿司」が連想でき、正解にたどり着くことができる。
このように知識と知識とが関連づけられると、忘れられなくなるという。
クライミングと筋トレが趣味の肉体派中年エディター。
ブレインは弱め。本企画の取材を通じて少しでも鍛えるコツがつかめれば……。
クイズ研
お知らせ
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- コラム『ストロング・ブレイン』を更新しました。
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- 2017年1月15日
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